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みかえる白書59

 ヒトはとてもか弱いイキモノだ。

 棲息出来る区域がとても狭い。

 一般的に、ギリギリ水上から海抜千四~五百メートル位の間でしか生活出来ないし、体毛も水掻きも翼も尻尾も退化して、自然に適応出来難い。

 人類が棲息し始めて、恐らく「一番の危機」が迫っている。相次ぐ地震や異常気象ばかりじゃない。

 何より自らの肌が危険を感じ取っている。

 あとどれ位、此の水の惑星はもつのだろうか?

 私が此の器で居る内に、「其の時」が来てしまうのだろうか?

 退化した身体は一気に戻らない。

 逃げ場を失いパニックになった群集に、国や政府は為す術がない。

 しかも、其の全ての引き金を弾いたのは、我々人類なのだ。

 かつて「人命は地球より重い」と発言した愚かな政治家が居たように、物事の重要度を計る秤を取り違い続け、便利や思惑優先の選択が今日の状況を招いたのだ。

 申し訳ないが、地球に住んでいるのは人類ばかりじゃない。

 他の生物に頼らないと生きて行けないように此の器は作られている。其れだけ依存度の高い生物が「万物の霊長」等と自らを位置付けているのは片腹痛い。

 残り少ない此の惑星での安穏とした日々に「万物の霊長」達はいかなる手を打つのか。

 「どうせ俺が死んだ後だし」と思っている政治家に任せたままで、本当によいのだろうか?

 だからといって、何が出来るだろう?

 ひとりひとりが出来るわずかな事を重ねていけば、何等かの力になる筈だが、浸透させるのは難しい。

 せめてドイツや北欧のように徹底したゴミの分別や廃物利用が義務付けられれば良いのだが、此の国の、此の国民の体質には合そうもない。

 さて、どうしたものだろう。

Cosmos-Michael

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みかえる白書58

 有り難い事に、『みかえる白書』を連載してから、見ず知らずの方から「みかえるさん。『彼諭流』読みましたよ」とメッセージを頂くようになった。

 しかも読後の感覚までしっかりご報告頂き、次回作『唯眞仁』が愉しみだと言って下さる方も居る。

 本当に、感謝感激照れ臭さで胸が熱くなる。

 皆さんの『彼諭流』の感想や読後感覚は、ある程度方向が分けられる。

 一番多いのは、読後《内》にモヤモヤする感覚が生まれる方。

 次が、兎に角「物語」の先を知りたがる方。

 他に、質問を次々下さる方、「もしかしてこうなるんじゃないですか?」と先を予想される方、「アニメ化」を切望され、声優さんのキャスティングをご提案下さる方、いや「実写だ」といい、登場キャラ達のキャスティングのご提案をして下さる方、ナドナド。

 判断力はヒトによって異なるから、同じものを観ても感じ方は其々だ。

 だから様々な意見が出るのだし、相互理解やら亀裂やらが深まる。

 特に『彼諭流』は「私自身が読みたくて書いた物語り」だから、読後の反応が同じ方向へ向かうような策は一切打ってない。

 私自身、何度読んでも毎回同じ感覚には至らない。

 其の違いこそ、もしかしたら『彼諭流』の一番大切な部分なんじゃないか、と思う。

 今日も『彼諭流』で語ったある部分が、「何故そうだったのか」に気づいた。

 ……『安津彌』を書いている今になって!

 以前も述べたように、此の三部作の完成を一番待ち望んでいるファンは私だ。

 書いて読んで泣き笑いして、「奴ら」に沢山教えられている。

 作者でありながら、私の持つ三部作の地図には終着点しか印されていない。

 正に、一文字先は闇なのだ。

 通過点のひとつひとつを照らし、確認しながら進んでいるが、見逃すモノも多い。

 後々気づき、鳥肌が立つのもしょっちゅうだ。

 もしかしたら、読者の皆さんの方がキチンと道順を憶えておられるかもしれない。

 でも、終着点は未だ私しか知らない。

 ……ほんのちょっとだけ優越感☆

Cosmos-Michael

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みかえる白書57

 法隆寺にある玉虫の厨子に「捨身飼虎」の図がある。

 腹を空かした虎が自分の仔を食べようとするのを観て、前世の仏陀が身を投げ出して与え、虎の親子を救った様子を描いた図だ。

 何度訪れても見取れてしまう大好きな図。 

裏側の「施身聞偈」の図の荒々しさに比べ、優雅で美しい。

 特に衣を脱いで身を投げる姿は、ある種の色香さえ感じる。

 此の行為によって救われたのは、親に喰われようとしていた「虎の仔」。

 空腹の為仔殺ししようとしていた「母虎」。

 そして、其の哀れな様を観るに耐えなかった「前世の仏陀」。

 犠牲は時に美談になるが、此の「捨身飼虎」の場合、一番救われたかったのは誰あろう「前世の仏陀」のような気がしてならない。

 其れに、いかに美しく語られようが、学びの放棄のように感じるのは何故だろう。

 千数百年前の職人が国宝級の技術で遺したかったのは何なのか。

 哀れみにより我が身を投げ出す慈悲深さか、「犠牲」という名の逃げ道もある、という事か。

 「善」の解釈は、一律ではないから。

Cosmos-Michael

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みかえる白書56

 基本的に、起こる事を誰かや何かの所為にするヒトは、学びから逃げている。

 響きや光が綺麗なヒトは「責任」という言葉の意味を識り、実践している。

 こなす仕事量が同じだとしても、歓びをもって感謝して行うか、文句つけ放題かによって、醸し出す響きは違うモノだ。

 例えば、お花屋さんだと、扱ったお花に映った響きで分かる。 

単に形を整えるのと、いつもの仕事を熟すのと、愉しく行っているのとで、花が泣いたり笑ったりする。

 でも、花はとても献身的で、自ら文句は言わない。

 却って《氣》を分けて支えているから、健気で胸が熱くなる。

 其の上生命まで縮めている。

 ……なんという慈悲だろう!

 花自体が持つ美しさと、生けた方の響きの美しさが相俟って、綺羅綺羅と輝く美しさを醸し出すのを観ると「此の花を受け取るヒトは幸いだ、此の輝きに肖れるのだから」と思う。

 そうゆう時は、観ていると「いいねぇ、此れ」と思わず呟いている。

 もし私がアレンジメントや花束を作る時は(そんな日が来るとしても、ずぅ~っと先だろうが)カタチは兎も角、綺羅綺羅した輝きを醸し出せたらいぃな……、と思ってしまう。

 そうゆう姿勢で物事に臨みたいな、と思う。

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みかえる白書55

 私は当たられ易い処があるらしい。

 幼少の頃からよく当たられるが、仕方ないなぁと思ってあまり言い返しもしない。

 多分理詰めで言ったら負けないだろうけど、当たる事や意地悪する事が前提のヒトは「行為其のモノ」がしたくてしているわけだから、言い合ったって意味はない。

 相手を(此の場合は私を)バカにして見下して感情をぶつけたいだけだから、やり過ごした方が疲れない。

 小学生の頃、よく上履きを焼却炉で燃やされていた。
 ……という事は、イジメられていたようだ。

 誰がやっていたのか其の都度知っていたし、何で燃やしたのかも知っていた。

 だから燃やした相手を名指ししたり指摘したりしても意味ないと思い、やられるままにしてた。

 よく教科書も隠されたし、仲間ハズレもしょっちゅうだった。

 相手はしたくてしているのだし此方が其れに翻弄されるのが見たいのだろうけど、あまり気にしないようにしていた。

 まぁ、イジメるには恰好の対象だろう。

 可成変わった子供だったし、此の世で一番怖いのが「人間」だったし、放っとかれるのに慣れていたし。

 おまけにヒトに観えないモノや聞こえないモノに常に怯えていたから、イジクリ処は幾らでもあったろう。

 子供なりに色んな感情はあったけど、分かってもらえる相手が見つからず、誰にも何も言わなかった。

 小学校を卒業する時、担任の先生が運動靴を買ってくれた。

「誰がミケちゃんの上履きを燃やしていたのか先生は知っている。でも誰かは言わない。中学に行ったらもう靴を燃やされないようにね。頑張って!」

 燃やした相手は其の都度違っていたんですよ、先生。
 しかも中学校では、先生が突き止めたヒトがイジメの対象になっていました。

 ……私?

 私は、吹奏楽部で無茶苦茶愉しい中学時代を過ごしました。

 イジメは社会に出てからの方が陰湿で過激だ。

 一番始末に悪いのは、意志や自覚を持って行っている事だ。

 「気分」や「体調」が「悪い」事さえ正当化の材料になり、相手の人権は無いも同じだ。

 そうゆうヒトの響きや光は観たくない。

 器としても、視界から外してしまう。

 ON状態で観ているのは主観の「好き嫌い」でも「気が合う合わない」でもない。

 響きや光が綺麗なヒトを観ているのは愉しいけど、一番哀しいのは悪意や意地悪が考えの根底材料にある場合だ。

 ……酷い臭いがする。

 目が染みる程臭い。

 視線を向けなくても防げない。

 最近感じるのは、一時的にそうゆう状態になるヒトが物凄く多い事。

 此のままエスカレートしていくのか、学びに立ち返って明るい未来に進むのか。

 選択肢は、ひとりひとりに託されている。

 貴方は、何方だろう?

Cosmos-Michael

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みかえる白書54

 身体とケンカしなくなり、モノが今まで以上によく観えるようになってから10ヶ月。

 昨年(平成18年)末までは殆ど自宅で物書き三昧だったから気付かなかったのだが、外に出て働いて色んなヒトに接すると、以前とは比べモノにならない位主観とのギャップを感じる。

 元々焦点を外した事はなかったが、此処まで主観のいい加減さを感じる程鮮明じゃなかったので、自分の内部で処理して反省すればOKだったけど、最近はそうもいかない。

 或るヒトと逢う。

 主観では、
「いい娘じゃん」
 と思う。

 で、生まれながらの性質をONにする。

 途端に、
「此の娘は学びを投げ出す娘、逃げられなくなるまで続く。でも、其れが必要」
 と観える。

 正直、俄かに信じられず、暫く観察期間を設ける。

 すると、性質をONで観えた方が間違ってない事が分かる。

 驚いて確認して納得した後、
「あたしってヒトを観る目がない……」
 と凹む。

 主観とON状態で観るのとに大きな違いがない方は、比較的ウラオモテがない方が多い。

 そして、お付き合いし易い。

 だが、逆の方は……。

 未熟な私は、主観で感じたようにお付き合いさせて頂くよう心掛けているのだが、ONで観た通りだと確認できてしまうと、どう接してよいか悩んでしまう。

 ……怖くて。

 時々そんな事を感じ、考えてしまう。

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みかえる白書53

 根っからのモノ書きだと自負出来る程ではないが、書いていられれば安心だ。

落ち着くし、纏まるし、穴を見付けて修復に向かえる。

 たまに暴走して修復不可能な程脱線し、新しい物語が生まれたりする。

 ……やはり、「才能」とは言えないな。

 此の旅で、成し遂げたい三つの事のひとつは、「《内》に在る物語りを全て取り出して、身軽になる」事。

 ……取り敢えず『彼諭流』三部作の内(平成19年4月現在)『彼諭流』と『唯眞仁』は取り出せたので、其の分身軽になった感じ。

 何て言うか、夏休みの宿題がサクサク片付いていくような感じだ。

 自分の歴史が積み重ね、貯まり貯まって出て来たモノだ。

 頭の隅っこで「チョイチョイ」っと作ったわけじゃない。
 そんなに器用じゃないし。

 取り出して書き上げて読んでみて、思っていたよりずっと深かったりすると、自分の奥の奥から出て来たモノに驚愕する事も珍しくない。

 来月半ば過ぎには『唯眞仁』の初校、多分次の月に再校。

 で、校了から一ヶ月から一ヶ月半で『唯眞仁』が仕上がる。

 不思議だけど、本当の事だ。

 取り出して書き上げて読む。

 既に知っている内容なのに、ドキドキしながらの作業だ。

 結局、書き上がるのを一番愉しみにしているのは私なのかもしれない。

Cosmos-Michael

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みかえる白書52

 ヒトの機嫌は気にしない。

 自分の主観が当てにならないなら、ヒトの其れは、更に当てにならないから。

 顔色を伺ってみた処で相手も学びに来ている身、機嫌を取っても意味がない

 だからといって、好き勝手し放題というわけないじゃない。

 襟を正し、真剣に生きる。

 自分の信念や信条は、生きる姿勢に表れると思うから。

 精一杯真剣に生命を運ぶ姿勢を誰がどう判断しようと、何の影響があるだろう?
 其の営みを代わる事など、誰も出来やしない。

 批判や非難の発信中、「偏見」という言葉は忘れ去られ、発信者は突発性「吾こそ正義」症候群を発症する。

 同時に、自らの営みは余所へ置き、完璧な解説を試みる。

 対して、批判や非難をされる側は、向きになって反論したり、指摘を恐れてビクビクしたり、開き直って更なる反発を得たりする。

 どちらの立場でも、無駄なエネルギーの垂れ流し。何らかの前進は見込めない。

 再度言いたい。

 此の人生、誰かが代わってはくれないのだ。

 誰がどんな風に批判や非難しようと、或は誉めそやそうと、精一杯真剣に自らの生きる姿勢を完成させていけば、満足して還って逝けるのではじゃないか。

 誰の顔色も気にしない。

 見掛けに因らず蚤の心臓だけど、ヒトの判断は気にしない。

 同じように、カウンセリングで求められた助言を相手が無視しても気にしない。

 其れが其のヒトの学びなのだろうから。

 私は唯、今生の行を全うして還りたいだけだ。

Cosmos-Michael

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みかえる白書51

 主観が当てにならない事が多々ある。
 其の度己の未熟さを確認する。
 勘違いされると困るのだけど、私の生まれながらの性質は何時もONではない。

 Bluetoothを何時もONにしていたら直ぐに電池が減るように、私の性質を何時もONにしていたら物凄く消耗してしまう。

 だから常時はOFFにして自分の脳みそ使って考えたり判断したりする。

 で、前述の「主観は当てにならない」と思う。
 殆どの場合、聞いた話しは半分以上当てにならないと思っている。

 聞いた話しより主観の方を信じている。

 ……だが、一旦ON状態になると、主観も聞いた話しと同じくらい当てにならない事を識る

 例えば、新しく誰かと知り合う時、事前に其のヒトの情報を与えられていても殆ど当てにならない。

 大概は紹介者の主観で歪んでいるし、其れをイメージした姿は可成いい加減だ。

 で、実際逢って、先ずは主観で判断してみる。

 其れなりの第一印象が出る。

「いいヒトそう」
「優しそう」
「真面目そう」
「可愛い」
「性格キツそう」
「嫌味なカンジ」
「超自己チュー」
 等々……。

 主観で判断している時は自分が王様だ。

 品定めする権利を振りかざし、好き放題なレッテルをベタべタと、偉そうに、さも当然と貼付けまくる。

 相手も同じ行為に及んでいる事など、全く問題外の外だ。

 一旦、仮に結論一歩手前位までの答えを出す。
 で、其の仮定に基づいて、更にいい加減な判断を積み重ねる。

 通常は、此の方法で誤解を重ね、相手を勝手に判断し、分かった気になる。

 で、ON状態になって観ると、背中に汗が流れるような焦りを感じる。

 ヒトの見せ掛けは、《内》とは全然違う。

 必死で装っているヒト、作っているヒト、決して本人を演じないヒト、演じている部分が自分だと本気で信じているヒト……。

 本当に、いろんなヒトが居る。

 たまにOFF状態とON状態であまりにも印象が違うヒトが居ると、主観で判断するのが怖くなる。

 ヒトはある程度仮定や結論を出しながらでないと、安心して歩けないのかもしれない。

 特に自分以外の事は、ある程度決まった状態にあって欲しいと望むモノのようだ。

 ヒトは一面だけじゃない。

 笑っているからって嬉しいとは限らない。

 泣いているからって辛いとは限らない。

 目で観る事は当てにはならない。

 ON状態の時、OFFの時の自分の傲慢さを省みる。

 そして、預かる言葉に主観を交えず其のまま伝える事を遵守し、反省の機会を与えて頂けた事に感謝しつつ、未熟な自分を恥じている。

Cosmos-Michael

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みかえる白書50

 歳を取るのが嫌じゃなくなってどれ位経つだろう。

 年齢がただの数になり、ゴールド免許の更新の際には三回程は前回の写真と顔を見比べられ、
「期間内に免許を落とて交付し直ししました?」
 と聞かれたり……。

 変わってないって事?

 前回も其の前の更新の時も同じ事言われたぞ?

 髪型をずっと変えてない(ビミョ~に変えているのだけど、なかなか気づかれない)からかもしれないが、最近はあまり嬉しくない。

 確かに、実年齢より若く観て頂いているのだろう。

 大変有り難い事だとは思う。
 けど最近は「若く」観られているのではなく「足りなく」観られているのではないか、と……。

 足りない……。
 哀しい響きだね……。

 何時も何処かが、何かが足りない気がする。

 ……「片端」なのだと思う。

 だが、実に有り難い。

 「片端」な自分は大歓迎。
 完璧を目指して学びを修める励みになる。

 足りない事を自覚しないと、欠陥部分の代名詞「私は正しい」が頭を擡げてくる。

 全てを薙ぎ倒して、独り善がりの正義を振り翳したがるから。

 正しく在りたいと姿勢を正すのと、正しいと主張して相手を批判するのは全然違う。

 前者は美しいけど、後者は醜悪だ。

 観えたモノについて説き明かやコメントをする時、自分の考えや価値観に沿ったモノじゃない事があると、いったん「相談者は私に聞いてるんじゃない!」と戒める。

 でないと、嘘を伝えそうで怖いから。

 伝えている事が私にはよく分からない内容の場合、主観を入れたりしたら完璧アウトだ。
 出来るだけ其のまま有りのままを伝えないと、全くフォローは出来ないから。

 最近、時々、
「こんな風に観えたり聞こえたり分かったりするのって、不思議だな。何でかな」
 と思う。……今更だけど。

 見掛けが「足りない」のも「欠陥」があるのも生れつきの性質も、きっと必要だから在る事。

 出来るだけ真摯に受け止めて、キチンと伝えられるように、役に立つように、沢山お還し出来るように成りたいと願い、励んで過ごしている。

Cosmos-Michael

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みかえる白書49

 こうして書ける歓びを与えて頂け、たいした才能はないが、思い描く世界感を表現出来る事。

 此の歓びを噛み締める度、多少「片端」な部分がある事さえも帳消しになる。

 思えばあの事故の後。
 果たして立ち直れるのだろうか?と思う程落ち込んでいた。

 治療以外では誰にも逢わず、誰とも語らず、外が怖くて(右目がよく見えなかったし)篭りっきり。

 当時の落書き帖には、
「ちゃんと凹む!凹んだ事を、自覚する!」
 って書き殴ってある。

「全てが笑い話になる時まで、深呼吸してゆっくり乗り越えようね」
 って。

「どっちにしても、早く済むか少し時間が掛かるだけだから」
「必ず乗り越えられるから」
 って。

「だって、もうゼロじゃない!」
「一歩踏み出したんだから、もうゼロじゃない!」
 って。

 本当にシアワセを伝えるのは難しい。

 ヒトはシアワセになる可能性に「供物」を用意しなければ「ならない」と思い込まされて育つから。

 シアワセは一瞬のスイッチ。

 気付けるだけで叶うのに、見逃す努力は怠らない。

 ヒトは本当にシアワセに疎い。

 思い切り全力で逃げようとする。

 身体とケンカするのをやめてから、凹んだ事がない。

「凹む~っ★」
 と口にしても、本当に凹んだ状態に至らない。

 同じように、イライラや突発的なハイテンションもなくなり、とても静かで穏やかになった。

 『安津彌』を他の作品の設定を考えている時は泣く事もある。

 登場人物に感情を重ねて本音を語らせる為、思わず過呼吸気味になる事もある。

 特に『安津彌』に登場する面々はなかなか本音を吐かないから、ひとりひとりをシバきたくなる時がある。

 『彼諭流』と『唯眞仁』は表現方法が違うが、『安津彌』では更に其の方法が変わる。

 正直、みかえるの頭の中はグッチャグチャになっている。

 そして『彼諭流』や『唯眞仁』より、書いても読んでもコソバユイ場面が多い。

 書ける歓びを満喫しながら産みの苦しみに悶え、思う以上に出来のいい子でありますようにと願ってキーを打つ日々を送っている。

Cosmos-Michael

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みかえる白書48

「ミケちゃんって、独身主義なの?」
「ううん。結婚に必要性を感じてない主義」
「……?だから、結婚しない主義じゃないの?」
「ううん。必要性を感じたらするんじゃないのかな?主義」
「……?でも、恋愛に興味ないんでしょう?」
「ううん。『響き』が煩くないヒトに逢えたら、多分一緒に居たくなる」
 結論を急ぐ質問は疲れる。

 私自身変化の途上だから価値観が変わる可能性があるのに、何故結論を示さなくちゃならないのか疑問だ。

 取り敢えず、私は現在「恋」から離れ、「結婚」に必要性を見出せず、「慈悲」に至る事を望んでいます。

 ただ、「響きが煩くない」ヒトに出逢えたら、一緒のお布団で寝たいかも。

 尚、価値観の変化により、姿勢が変わる可能性を含みます。

 ……此の辺りで納得して下さい。

 最近、性別の必要性も感じなくなって来ちゃった。
 ……というか、区別がつかなくなって来た。

 何かで名前を書く時、性別を書き忘れる事が多くなって、暫く考えてから「そうだ♀だった!」と気付く。

 ……「だった」って、何だ?
 ……末期症状だな。

 『安津彌』を書いてから、ますます恋愛ボーダレスを考えなくちゃならなくて泣いてる。
 ……本当に泣いてる。

 誰だ~っ!最初の設定作ったのは~っ!
 ……って、私だけど。

 因みに、私はニューハーフの方を「ゲイ」とは思いません。

 ニューハーフの方は根っから女の子だから「ゲイ」じゃないと思っています。

 結局、ヒトは本来バイなんじゃないかなぁと思う。

 だって♂と♀しかいなくて、♂には♀という関係しかないなんて、何だかお粗末な感じがして。

 作品の為とはいえ、こんな事が頭の中をグルグル廻っていると、いっそ書く側ではなく登場人物になって右往左往する方が楽かも、なんて思ってしまったりする。

Cosmos-Michael

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みかえる白書47

 三つの事を成し遂げる為に生命の時間を使い切ると決めて過ごすようになると、時間の経過と共に「悩み事」が減っていった。

 ……いや、ちょっと違うな。

 最初はドバチョ!とオンパレードで顕れていた悩み事が、ほぼ殆ど消えていった、という方が近い。

 心配性で誰しも心に引っ掛かるような些細なモノを除けば、静かで穏やかで安らかだ。

 此の状態は、非常にモノがよく観える。

 ゴマカシも先入観も入り込めない。

 ただありのままがよく観える。

 面白いのは、観えてしまったモノへコメントしている自分の事までよく観える。

「あぁ、憤りを感じてるんだな」
 とか、
「歓んでるんだな」
 とか、
「煩わしいんだな」
 とか。

 観ているモノへコメントしている自分を、静かに観察しているみたいになる。

 観察して其の状態を受け入れる、ただそうしている自分になる。

 自分にそう出来るのだから、ヒトにもそう出来ればよいのに、未だ其処へは至れない。

 コメントする自分に感情が乗っかっていく過程が観え、早急に結論を出そうとしているのが観え……。

 あぁ、そうか。此れはなんだ。

 此の感覚が通常のルートになると、観て、コメントして、自分本位の理論を纏め、早急に結論に導き、其れに『常識』というレッテルを張貼る。

 ……うんうん、私もやってたよ。

 『常』の『識』は『ない』って識るまでは。

 人生の全てを操っているのは、不本意ながら「己の無自覚な思考短絡ルート」にないのかもしれない。

 もっとじっくり見極めると、迷い道に入る事さえ必要で、目的は明確なのに気付けるのではないだろうか。

 人生は、永いようで短い。

 用意した青写真に気付くのが早ければ早い程、どんな経験も愉しめるようになるんじゃないのかな。

Cosmos-Michael

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みかえる白書46

 「恋」という狭い領域が窮屈になり、振り返る事なく其処を後にした。

 楽になった。

 とても楽になった。

 誰かを自分とワン・セットにする事にエネルギーを費やさなくなったから、視界が開けた気分だった。

 其の頃から、此の生命を使って此の旅を続ける間に、此の人生を生き切るまでに本当にしたい事は何なのかを考えるようになった。

 紙とペンを取り出し、思い付く限りの事を書き出した。

 結婚、出産、通帳の預金額を八桁にする、家を立てる、海外に住む、等々……。

 そしてひとつ深呼吸して紙を見詰め、重要でないものから順に消す事にした。

 真っ先に消したモノ、其れは「結婚」。

 其の次が「出産」。

 後の順番は忘れたが、真っ先と其の次が「結婚」「出産」だったのは、正直本人もたまげた。

 「結婚」は兎も角「出産」はしたいと思っている筈だったのに……。

 結局、色々書きなぐった割に、最後まで残ったのは三つだけだった。

 面白い事に、今はただ其の三つを達成する為に頑張っているのだと納得しているし、徐々に達成に近づいていると思う。

Cosmos-Michael

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みかえる白書45

 此れだけつらつら言いたい放題語らせて頂きながら、真実に申し訳ないのだが、私が特定の誰かに好意を持たなくなってもうだいぶ経つ。

 最初は焦った。

 兎に角、何でもいいから誰かを好きにならなくちゃと、現れるヒト全てを其の対象にしようと試みたが、無駄だった。

 どんな方にも全くトキメかない。

 正直、或る種の『片端』なんじゃないかと思ったりもした。

 恋をしていた頃は何時も寂しくて、誰かに想いを注ぐ事がこんなにも哀しみや苦しみを呼ぶのなら、何故ヒトは恋をするのか、したがるのか、してないと「オカシイと思われる」という脅迫観念に襲われるのかが疑問だった。

 ……本当に、其れは必要なのだろうか、と。

 暫く悩んだ時期もあったが、やっぱり『片端』なのかもしれないという結論に達し、一切の焦りが消えた。

 まぁ、必要になればするだろうし、必要ないなら其のエネルギーを別の学びに注ぐだろう。

 自らの経験を重ねられない部分は、周りを見詰めて学ぶしかない。

 其の為にカウンセリングさせて頂いたりしているのだろうし。

 余談だけど、たいした決心もせず、
「欲しくなるまで吸わないでいよぉ~っと」
 と思い、其のまま一本も吸う事なく禁煙に成功している。
 単なる習慣で、身体は本当に要らなかったらしい。

 ……と、いう事は?

 ……恋も必要ないという事なのか?

 焦りが消えると「彼氏が居ない罪悪感」も消えた。 

「普通」で居たがる部分は、根強く心の奥に蔓延っている。

 支配されはしないが、消滅する事もない。

 其の部分と付き合う事も、学びなのだろう。

 恋をしなくなってから寂しさはなくなった。

 決して独りではないと、常に安心出来るようになった。

 そしてシアワセなヒトを観ると、肖りを通り越し感謝を三倍返ししたくなるくらい、自らがシアワセである事に気づかせて頂けるようになった。

 特定の誰かではなく、好きでも嫌いでもない愛しいヒトが、どんどん増えていった。

Cosmos-Michael

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みかえる白書44

 「恋」をすると対象者しか見えなくなり、相手と自分の距離が最大の関心事だ。

 日常に起こる様々なハプニングさえ煩わしい、此の恋の行方だけが全てになる。

 端から観てどんなに胡散臭い状態にあろうと知ったこっちゃない。

 有り難い忠告もウザったいだけだ。

 渦中の方には「頑張れよ」としか言えない。

 「其処」を越えなければ「愛」には至らない。

 「愛」に至らなければ、充たす事も充たされる事もないまま、何処までも欲するだけの苦しい欠落感が続く。

 だから「頑張れ」とエールを送りたくなる。

 一刻も早く「愛」に至れるように、と。

 相手しか観ていなかった視線が其の先を、相手と歩む其の先を観るようになると、相手は一旦視界から消える。

 相手だけを見詰めていたら、先に進めないと気づきだす。

 其のヒトは自分と同じ方向を、行きたい未来を観ているか?

 「共に歩める」ヒトか?

 「共に歩みたい」と自らが欲しているだけなのか……?

 此の「自らが欲しているだけ」だけど、相手だけしか観てない状態の時は、「運命の相手」だの「赤い糸」だのと理由づけ、結ばれない原因は自分や相手以外(例えば、忠告を下さる善意の第三者)にある事にしてしまう。

 だが、一旦相手を視界から外し、行くべき未来や修める学びの面から見詰め直すと、結ばれるにも理由があり、結ばれないのにも理由があり、どちらも失敗でも成功でもなく、ただ経験を重ねるだけだと気づけるようになる。

 ……少なくとも、其処に至れる方向に舵は切れる。

 人生に失敗はない。

 そんなに簡単に結果は出ないし、出す必要もない。

 今心を占めているヒトがどんな学びを運んで来てくれているのか、其れを乗り越えれば更に磨きがかかり、より魅力的な異性や同性の友人に出逢える可能性が高まる。

 恋で盲目になるのではなく、恋で視力をあげたいものだ。

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みかえる白書43

 『彼諭流』であづみに恋した良太。

 曰く、
「人生を共に出来る相手は彼女以外に考えられない!」
 と思い、
「此の世に彼女が居る限り、きっとどんな時も、心を奮い立たせて頑張れる」
 のだそうだ。

 ……本当に頑張れよ。

 良太の恋は『唯眞仁』で醜悪さを表す。

 つまり、みっともない程の嫉妬や独占欲が剥き出しになる。

 何故なら、彼の恋はほぼ絶望的な片思いだし、相手はますます高みに昇り、どんどん遠ざかって行くし。

 ……母も観ていて辛くなり、影で大爆笑し続けた。

 自分の想いを充たそうとすればする程、あづみに手が届かなくなる。

 せめてヒトとして扱って貰えるようになろうと奮闘するが、何時までも茅の外で話題にも加われない。

 ……此の良太、実は二十代の私がモデルだ。

 色んな事を調べ捲り、頭の中にパンパンに知識を詰め込んでいた私。

 何でも知っているのが自慢で、何にも理解してなかった頃の私。

 理詰めで言い合いをしても、負けた事がなかった私。

 頑なで自信がなくて自分本位の癖に、自分が大嫌いだった私。

 世界を何も知らず観ようともしない癖に、正義感だけはヒト一倍だった私。

 そして、自分だけが不幸だと思っていた私。

 ……良太はそんな私を目一杯「素直に凝縮」したキャラクターだ。

 彼が此の恋を通じ、どんな風に成長しどうやって想いを遂げようとするのか、遂げられるのか、其れだけで終わるのか、母も愉しみでならない。

 他のキャラクターに比べて「地味」な良太がどう立ち回るのか。

 彼と同じような「自分本位」の恋の途上にある方には乗っかりやすいと思うので、是非『唯眞仁』では良太に注目して欲しい。

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誰かの為に2

 「ヒトの為に何かをする」なんて時間の無駄遣いだし、「ヒト」の事に「自分」の身体や心を遣うのは勿体ないと思っていた。

 街中で災害救助の募金箱を見掛けた時、小銭を投入する事はあっても現地に出向いて手を貸すなんて思った事すらなかった。

 生まれてからずっと自分を生かすのに精一杯で、ただ闇雲に突き進み、其の場を熟しつつ過ごして来た。

 傲慢にも、
「私は精一杯生きてる、一生懸命生きてる」
 と思っていた。
「誰にも迷惑掛けずに」
 と。

 此の「誰にも迷惑掛けずに」というのは、大変重要な「呪文」だった。

 高校一年の時にアルバイトを始めた途端、学費の一切を其の収入で賄わねばならなくなった。

 親に、学費やら通学費やらを出して貰えなくなったのだ。

 理由は明解だった。

 ふたつ違いの兄は(先頃問題視されている)野球特待生で、学費や寄付金等が免除されていた。

 学費を納めないと就学出来ないみかえるは、「金が掛かる厄介者」だったのだろう。

 兎に角、稼ぐしかなかった。
 スーパー、パン屋、製缶工場、サービスエリア、書店の棚卸しの手伝い等々……。
 土曜日の放課後と休日(長・短期休暇含む)の殆どを、アルバイトに費やした。

 不思議と、一度も「中退しよう」とは思わなかった。

 なのに、実の親から、
「おまえは居るだけで迷惑」
 と言われた。
「おまえが居ると、皆が嫌な思いをする」
 と。

 だから、高校を卒業するとすぐに家を出た。

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みかえる白書42

 以前、竹宮恵子先生の傑作『イズァローン伝説』で「滅私の情」の強さに触れた時、こんな風に「仕える」想いを得られたらさぞかし有意義に生命を使えるだろうな、と思った。

 其れがヒトであれ事であれ、深い学びを得られるに違いないと感じた。

 ……因みに。
 友人に、
「『イズァローン伝説』の登場人物なら誰になりたい?」
 と質問され、
「カウス・レーゼン!」
 と即答した私。
 友人の反応は、
「過酷過ぎる……」
 だった。

 「滅私の情」は、其の「ヒト」や「事」に並々ならぬ深い愛がなければ湧き上がらない。

 愛が深く強く揺るぎなくなればなる程、「わたくし」が消えていく。

 其れを感じさせて下さった方……、例えば、マザー・テレサ。
「貧しいヒト達の中の、最も貧しいヒト達に仕える」
 という「事」を、「滅私の情」で成し遂げた方だ。

 こんなエピソードがある。

 私の友人の妹君がマザーの処へ行った。

 マザーの有意義な行いにいたく感動し、手伝いたいと申し出る為に。

 けれど、マザーは妹君に、
「貴女は此処に居る方ではありません」
 と告げたんだそうだ。
「自分のやるべき事をなさい」
 と。

 マザーの意図は分からないが、其の後、妹君は様々なボランティア活動の為、東南アジアを駆け回った。

 「滅私の情」で「仕え」る「ヒト」や「事」に巡り逢えたら、其れ程深い愛を識る事が出来たら「慈悲」への入口は近いのだろうか?

 其れとも、未だ何段階かを経なければならないのだろか?

 こんな事を考えるようになってから、若い頃してたような恋愛は一切寄って来なくなった。

 そして、一切寂しさを感じなくなった。

 在るのは全てが全く完全で、自分は「其れ」で「其の一部」で「其れではない」という感覚。

 「在って」「ない」という矛盾に充ちながら、完成された感覚。

 個人的な恋愛は、観るのはいいが、感じるのが難しい。

 とても窮屈で、制限されるような気がして。

 其れよりも、例えば陽の光のように「普く」「容赦なく」、当たっていてもいなくても変わらなく注がれ、代価を要求しない。

 ただそうして光るだけで充たされ、雲に遮られても気にならない。

 其の「陽」に成れたら楽だろうなと想い、其処へ、其のポジションへ行きたいと願う、今日此の頃だ。

Cosmos-Michael

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みかえる白書41

 こんな風に述べていると、
「みかえるさんは、恋に否定的なんですか?」
 等と聞かれるが、とんでもない!

 恋は愛への、そして慈悲への入口だから、否定する理由がない。

 おおいにすべきだと思うし、みっともない姿も大歓迎だし、独りでする学びより問題提議が多いから、成長も著しいと感じる。

 ……ただ其れは、学びを重ね、愛へと移行する場合に限るけど。

 十代後半から二十代半ばまで、私も随分みっともない恋をした。

 多分其の頃は、
「運命なんだわ!」
 なんて言っていたと思う。

 今振り返ると情けなくなるが、あの時の自分が居なければ、今はない。

 恋をしていた時は、いつも寂しかった。

 片思いでもラブラブでも、其れは変わりなかった。

 「恋」は「身体だと思う自分」に主導権がある気がする。

 よく、
「恋をするとヒトは綺麗になる」
 と言うが、私は、
「恋はヒトの醜悪さを露呈する」
 の方があっている気がする。

 恋をすると、物質的な自分を飾り立て、化粧を変えたりダイエットしたりして「身体の見目」を整えようとするヒトが多い。

 そうしてはしゃいで盛り上がっても、此の段階で留まってしまうと、何時か訪れる別離の時、殆どの場合責任は相手に押し付けられ、一端学びは放棄される。

 しかし、見目より大事な部分が成長すると、「恋」から「愛」の階段を昇り始める。

 ……思うに、「綺麗になる」のは此のあたりからじゃないのかな。

 恋から離れて相当時間が経った今、少しの寂しさも感じなくなったのは、「自分」が「身体」じゃない事を受け入れ、把握し、理解し始められたからだろうか。
「愛」という言葉から連想されるのは「充たすもの」とか「充たされるもの」という感覚。

 ……何というか、もう「頂戴」って言わなくていい感じだ。

 実際「愛」の状態に在るヒトの手は、「頂戴」じゃなくて「あげるね」と差し出される方が多いと感じる。

 ……念の為。

 「物」を、じゃないですから!

Cosmos-Michael

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みかえる白書40

 『唯眞仁』ではいくつかの恋愛を描いている。

 どんな風に描かれているかはお愉しみにして頂いて、其れを描く為に何をどれだけ考えたかを纏めたい。

 前述の「結婚」について綴ったのは、其の考えの一部だ。

 恋はどこまでも手前勝手で、どこまでも自分本位で、どこまでも不安が付き纏う。

 確かなモノが掴みきれず、信じたり疑ったりを繰り返し、決して責任を引き受けない。
 好きで、嬉しくて温かいのは相手のお陰、苦しくて切ないのは相手の所為、決して自分は悪くない。

 ラブラブなのは相手のお陰、冷たくなったら相手の所為、決して自分は悪くない。

 此れ全部、ウォッチングの結果に辿り着いた結論だ。

 物凄~っく若い頃に多分私もした事だろうが、恋するヒト達のバイタリティには頭が下がる。
 ……よくも其処まで、物語をこしらえられるものよ、と。

 恋する良太は、あづみを取り巻く出来事に翻弄され、いつも茅の外からオロオロと観ているしかない。

 しかも、一方通行で振り返る気配もない、絶望的な恋だ。

 相手に「人間扱いして貰えるにはどうしたらいいか」と悩む姿は、母である私から観ても滑稽でいじらしい。

 彼には彼女以外何も観えていないから、其れ以外の周りで起こっている事を、飽くまでも客観視出来る。
 ……此れって、現実逃避なんじゃないのか?

 恋の真っ最中は、頭の中の物語が世界の全てなんじゃないだろうか?
 日常をこなしていても、何処か上の空のように感じる。

 もし確認してみるとしたら恋する以外ないだろうが、ヒトの行為を眺めている内に「面倒臭さ」がどんどん増してくるのは否めない。

 こんな事で、ほぼ殆ど恋愛がらみの『安津彌』は大丈夫なんだろうか?

Cosmos-Michael

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