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還るまえに

 また、日本の何処かで誰かが死んだ。……生まれる前の青写真を無視して。

 どうしてこんなに死に急ぐのだろう。どうしてこんなに、死に急ぐヒトが増えてしまったのだろう。生命が軽んじられ、人生が薄っぺらくなり、学びを投げ出すヒトが多いのは何故だろう。

 人生は、終わりの時まで大切に生命を運ぶ過酷な作業だ。其の人生を満足して終わるには、課せられた学びを修め終える必要がある。

「出て来た処」より高い処へ「還る」為に、器を選び、家族を選び、置かれる状況を選び、ある程度青写真を決めて降りてくるのに、其れを無視して還る事を選ぶのは、自らの魂と、魂の所属するグループと、見守って下さる御守護の方達に対する裏切りでしかなく、「出て来た処」より下へ「戻る」しかなくなる。

 器があると器があるなりに学べる事が多いので、ついつい過酷な物事を扱き寄せてしまいがちだが、通常は其の器で学び終えられないような事、乗り越えられない事は寄って来ない。最終的な場面に追い詰められる前に、幾つも選択の機会が必ず訪れている。

 其の多くは選択する場面に遭った時と選択する成長に至った時で、次の展開や次の成長に関する学びの壁がド~ン!と前に立ちはだかるのだ。

 選択の時を迎えているにも拘らず選択出来ない場合は、想定外の出来事によってそうせざるを得なくなったりもする。其の時流れに逆らったり流されまいと踏ん張ったりすると、「乗り越えられない自分」を《内》に創り出してしまう。

 所詮、魂は《天》の領域。神は何処かにいるのではなく、自らの《内》に在る。

 人生は想ったようにしか成らず、成らないとするなら、想い方か行動か、何方かが足りないのだ。

 人生は実に曖昧なモノだ。生きている実感など、たまにしか味わえない。けど、何時でも実感出来るようになると、想ったようにしか生きられないのが分かってくる。

 此の器で居る内は、選んだ家族や取り巻く状況は変えられないが、一番簡単に変えられるモノが、人生全てを支配するのだ。

『魂は《天》の領域、神は《内》に在る』

 此の事実を受け入れて理解すれば、世界は一変するのだ。

 さぁ、此処から遣り直そう。学ぶべき事は沢山あり、成長は想いのままだ。

 折角生まれてきたのだから、還るまえに、己の《内》の神に出逢うのもいいじゃないか。

Cosmos-Michael

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